島の歴史と未来 砂洲

本日は、坊勢島に関して

みなさん! 知っていましたか。坊勢島とその西にある西島はその昔 砂洲でつながっていました!(知らねーしとか言わないでください)。しかし今は船の航行を考慮してこの砂洲は削られ無くなっています。

この砂洲で思い出すことがあります。それは私がかつて訪問リハビリテーションしていた、笠岡市にある離島  大飛島と小飛島です。

この島は東に小飛島、西に大飛島があり、その距離はおよそ300M離れています。この2つの島の間には大きな 砂洲があり、普段は海の中ですが、干潮になるとその姿を表します。その昔、大飛島から東に伸びる砂洲の先端で東の小飛島に向かって「おーい!」と呼べば呼応する程度まで砂洲は長かったそうです。

残念ながらこの砂洲は山陽新幹線建設のためのコンクリート用の砂として多くが持ち出されたとのことで、その面影はあまりありません。下の写真が大飛島から伸びる砂洲です。奥に見える小高い島が小飛島です。


もしも、両島のそれぞれの砂洲が残っていたら大きな観光資源になると思いませんか?だって「時間限定の砂洲渡り。渡れるのは今しかない!」とすれば思わず渡ってみたくなるのが人情ではないですかね。

家島諸島もその発展の中で犠牲になったものがたくさんあるかと思います。でも発展のために残した姿が採石のために削られた島肌だけだとしたら、幾分寂しい気持ちです。

出典 :笠岡市ホームページ  /家島町誌